ヒラメだと思ったら!?
その昔、タイでの僧侶生活を終えて日本に帰ってきてから、福井の友人と三国の防波堤でアジ釣りをした。
3本針にオキアミをつけてのウキ釣りだった。夕方になり暗くなってきたので、ウキの先端にポキッと折ると青く光るケミホタルをつけての夜釣りへと続いた。暗くなった途端、潮周りが良くなったのかバンバン良型のアジが釣れ始めた。
光るウキが引き込まれる様はとても楽しく、夢中になって釣っていると少し様子が変わってきた。釣れてくるアジの後頭部が何者かにかじられて上がってくるのだ。ウキの引き込み方もグイグイ強く重く、明らかにアジを狙っている何者かの仕業である。
ヒラメか?まさかヒラマサ?心臓がバクバクになりながらも慎重にリールを巻いてくると、何か茶色のぞうきんみたいなものがアジにしがみ付いているではないか。

その時は捕りそこなったが、後にあれが地元の方言で「モイカ」、実名を「アオリイカ」というイカであることを知ったのであった。獰猛な食性、力強い引き、食べても最高においしく、スーパーには並ばない超高級魚とあってはいてもたってもいられなかった。
それからというもの、おれはこのアオリイカの虜となってしまったのである。
しゃくるとガツーン!
右の写真はアオリイカを釣るための「エギ」と呼ばれる和製のルアーだ。
ピンクやオレンジが最もハズレがないとされていて、ブルーやイエローはバクチ性が高い。アオリは普段魚やエビを食べているからブルー系が良さそうと思うのだが、やっぱりピンクがどこでも強い。エビだって海中では赤くなっているわけじゃないのにね。ホント不思議である。

これらエギは海に放り込むとゆっくりと沈む。船から狙う場合は道糸に中オモリを付けて、そこからさらにハリスを4mほど伸ばしてエギを結ぶ。
釣り方は、まずエギをぽーんと遠くに投げて、それから手前に中オモリを沈める。オモリの方が先に沈むから絡まないための基本の一つだ。底までオモリが着いたら急いで「ハリスの長さプラス1m〜2m」道糸を巻き取る。アオリイカは根周りの底から1mくらいを泳いでいるのだ。
ゆーっくりエギが沈むのを10秒ほど待って、シュパッと竿をしゃくる。スーッとと引っ張られたエギがフワフワと完全に沈むのを5、6秒待って、またしゃくる。このときイカがエギに抱きついていれば「ガツーン!」としゃくる竿が止められる。道糸を緩めないように巻き上げ、無事ゲットとなるわけだ。
蝶野、喧嘩キック炸裂
3月20日木曜日、内房は金谷漁港の「さえむ丸」から出船となった。夜勤明けで片道100kmの道のりはかなりキツく、途中くじけそうになったけどずっとパラポンの曲を歌って気合を入れてきた。
AM6:00、空がだいぶ明るい。想像していたのよりも2回りほども小さい船に、自分の他2人のお客が乗って岸払い。船宿の乗船帳簿にはさいたま市と練馬区とあったが、こんな平日にそれぞれ単独でやってくるなんて相当のアオリバカだ。2人のおやじ相手に嬉しくなってくるのと同時にメラメラとライバル心が芽生えてくる。
1人は船長と親しく口をきいていたから常連なのだろう、ぱっと見、新日の蝶野そっくりだ。茶髪の角刈りもかなり威圧感がある。もう1人は青白い顔をしたリストラ間際のしょぼしょぼサラリーマンといったところ。こんなの超アウトオブ眼中だ。
なにしろこのアオリはおれの最も得意とする釣りなのだ、アオリ専用竿も去年がんばって購入したんだから。
蝶野は手強そうだが、まあおれのトップは確実だろう。自信はあった。

しかし、最初に竿を曲げたのは蝶野似の超コワモテおやじだった。
タダチニ ツリヲ ヤメナサイ
「グフッ」
振り向きざま、いきなり横っ面に顔面キックをぶちかまされた気分だった。
手馴れたやりとりで上がったのは、1kgオーバーの大型アオリだ。舷から身を乗り出し、自分でタモ取りする姿もそつがない。
しかも四角いグラサンの奥の目は少しも笑っていなかった。恐るべし蝶野!
「アオリだアオリー!」
すかさず船長からのゲキが飛ぶ。いいポイントに来たから時合を逃すなという意味なのだろうが、こちとらなんのアタリもない。しゃくれどしゃくれどエギで海水をかき回すだけだ。
「おー!また出たよー!アオリだー!」
うそ!?振り向くと、青白おやじがこれまた自分でタモ取りして、いい型の本命を釣り上げていた。
完全に出鼻をくじかれてしまった。うぬぬー、おれとしたことが…。ギリギリと奥歯を噛みしめても、アタリがないんじゃラチがあかない。やっぱしおれは釣りに向いてないんかな……。
裏目人生
開始して半時も経たないうちはバタバタとアタっていたが、次第に船上は沈黙していった。そのうち風が出てきて、うねりも強くなってきた。

釣れない原因は、実は分かっていたのだ。
オモリが軽かったのである。そのとき使っていたのは8号。約30mの水深では潮に流されてどんどん糸が出て行ってしまうのだ。道糸のマーキングが40mほどを示した所で底に着き、そこで巻き取って垂直に糸を立てようとすると、今度は船が風に押されまいとしてスクリューを回す。するとまた道糸が斜めになり糸が出て行くといった具合で、いまいち仕掛けを落ち着かせることができなかったのだ。
確かに船宿のサイトには「中オモリは10号を使用」とあった。
8号も10号も大して変わりはないと新しく買い足さなかったのが、見事に裏目に出てしまったのであった。

悔やんでもしょうがない、これでやり続けるしかない。
テクニカルノックアウト負け
多分この辺りだろうなーと、ほとんどカンでエギの位置を底から1mくらいにとってしゃくり続けた。
シュパッとしゃくってすぐにスーッと竿を下ろし、1,2,3,4,5,6と数え、またしゃくる。
…4,5,6シュパッ、スーッ、…5,6,7シュパッ、スーッ、…3,4,5シュパッ、スーッ。
あきらめず、自分を信じて、実は神頼みで、なるべく蝶野の方は見ないように、カウントしてシュパッ。
「ガツーン!」
いきなりだった。しゃくる竿が急に重くなった。釣り雑誌には「アオリがいきなり乗ると背中に電気が走る」とその快感を例えていたが、おれは安堵のため息がどわっと出てきた。
やっと乗ったー!と思いきや、全然引かない。ああ、これは外道のスミイカだ。こいつは重いだけだからすぐ分かる。
本命じゃないけどとりあえずボーズ脱出とリールを巻いていると、トモの方で釣っていた蝶野がタモを手に走ってきた。なんと取り込みを手伝ってくれるのだ。
「どうもすいませーん」
ザバッとすくってくれた蝶野に礼を言うと、彼は無言でタモを手渡し帰って行った。
これって超ビギナー扱いなんだろね…。
クール過ぎる蝶野の背中に、おれはここで負けを宣言せざるを得なかった。
カンベンしてくださいよ
スミイカは底べったりに生息するイカである。ということはタナが低かったのだ。
さらに1m巻き上げしゃくり続けた。
黙り込むおれをよそに蝶野は船長と話している。
「スミもうまいんだよね。この時期は大きくて身厚でね」
「ああ、モンゴウも悪かないよ〜。こないだなんか…おお!また来たか!」
え?見ると蝶野の竿がまたいい感じに曲がっている。上がったのはこれまたいい型の本命だ。
「また出たよー!」
間髪入れず船長のマイクが叫ぶ。今度は青白おやじに本命アオリ。

みなさん、もうこの辺でカンベンしてください。心の中で毒づいたおれが悪かったのです。自分からけしかけておいて逆にボコボコにされた、そんな気分だった。
「おう、そっちでやりなおう」
船長に言われて振り向くと青白おやじがいなくなっていた。船酔いしたらしく操舵室の後ろで横になっていた。
小さい船だから場所は関係ないよなーと思いつつも、言われたとおり左舷ミヨシに移動した途端ガツーン!と来やがった。
おやじ軍団圧勝
「アオリか?アオリだろ!」
「うん、アオリみたいっすー!」
グイグイと力強く引く感じでアオリイカだと確信できた。
「バレるなよ〜」。マジ本気で祈りつつ、慎重に慎重に巻き取った。中オモリが出てきたところでハリスを手に取りたぐり寄せる。
またまた蝶野が飛んできてタモ入れしてくれた。
「たはぁ〜」
嬉しくてもう声にならなかった。
アオリは美しい。体表の模様が虹色に輝き、刻々と変化する。
じっと見とれていたいが超ダッシュでエギを再投入した。1杯釣れるとそこにはもう1杯居着いている可能性が高いのだ。すると思った通り、2しゃくり目でガツーン!
実際、ツボにはまればこんなもんなのだ。今回はそこに至るまでの個人差がありすぎただけの話。ほんとは楽勝の釣りなのだ。
こと、アオリに関しては負け惜しみも図々しいのである。

いつしかアタリもそれきりになり波も風も強くなるばかりで、11時過ぎに終了となった。
結果、蝶野がダントツトップでアオリ5杯、スミ3杯。青白おやじがアオリ3杯、スミ2杯。ケツが言うまでもなくおれで、アオリとスミ2杯ずつ。
今回は完全におやじ軍団の圧勝だった。思えば、50過ぎの男がこれほど威張って、しかも生き生きとしている遊びって他にないんじゃないだろうか。
釣りはいいなあと心から思う。
2003・3・20 金谷港さえむ丸・アオリイカの巻